そごう図書館の入り口に陶磁器の展示がある。いつも素通りしている。というのも私はあまり陶磁器に興味はない。その良さもよくわからない。しかし今日はちょっとゆっくり鑑賞した。
大谷焼である。渋い色である。こういう渋い好みは日本人の特徴であろうか。上の説明パネルを見ると、大谷焼の元祖は染付磁器(カラフルな磁器)もあったようであるが、一旦は廃絶し、その後、信楽の影響もありこのような渋い色の陶磁器が特徴になったようである。
茶の世界における器、わび、さびの美を求める人はド派手な色とりどりの磁器類は好まないようである。
日本人の好む渋好みはそれはそれで深遠な美ではあるが、世界的には好まれないと言おうか、そもそも日本人ほど美的感受性のない世界の人には難しすぎてわからない。美を感じるどころか茶や黒の色や、あるいはいびつな形に
「きちゃなぁ~」
と思われたりする。私もそういう傾向があるのだが・・・
ある茶人が自分の持つ、貴重な茶器を世話になった外国人に贈った。見た目は微妙にゆがんだ黒っぽい茶碗であった。
もらった外人はその価値が全く理解できなかった。そして犬の水のみ茶碗にしたそうだ。
世界の多くの人はできるだけカラフルで豪華で、キンキラキンのモノを好む人が圧倒的である。そういうものに金銭的に高価な値をつける。
むしろ渋いものを好む日本人の価値観の方が異質なのである。
これで終わっていれば、日本は美の国ジパングとは言われないだろうが、江戸時代の日本人のすごいところは、そんな派手好みの外人を喜ばせる美の器物を作って長崎の出島を通して世界へ輸出したことである。
伊万里焼きの商人は出島に出張所を設けて、彼らの注文にあわせ、彼ら好みの輸出専用のカラフルな磁器を作った。その美しさはヨーロッパの人を魅了する。
遠くヨーロッパの人の好みにあわせ驚くほどの美しい磁器を作り出すのであるから当時の陶芸家というか陶芸師の技能は普遍的なものである。
あちらでは柿右衛門として知られている
こんな美しい色とりどりの豪華な磁器はヨーロッパでは全く作れません。王侯貴族の調度品としてもてはやされます。
他にやはり出島を通じて江戸時代の日本に注文されヨーロッパ輸出用に作られたものに螺鈿細工の入れ物があります。
これは広い意味の漆製品なんですが、日本人の好みは渋いものでありますが、輸出用に作られたものは世界標準の派手なものです。
客の求めに応じて臨機応変に作りを変えるというのはこの時代から日本人の職人の特徴なんですね。
螺鈿は漆地にまるで現代のホログラム(一万円札に張ってある七色にひかるシールがその一つ)のように七色の光を放ちます。
ヨーロッパに初めて持ち込まれた螺鈿の入れ物はヨーロッパ人をして
「おお~、これはこの世のものなのか?」
と感嘆の声を上げさせます。
これは螺鈿の細工の拡大図
下はヨーロッパの注文に合わせて江戸時代の日本の職人が作ったもの
科学技術では江戸時代の日本はヨーロッパに劣ったかもわかりませんが、美術工芸の技に関しては日本はいつも
「夢の、そして美の国ジパングであり続けるのです。」
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