江戸にはいろいろな神や仏を祭った寺社が多い。石仏、小さな祠、など入れるともしかしたら江戸の人口に匹敵するかもしれないと考えたりもする。江戸の人はみんな信心深いが、それぞれに贔屓の神仏もあるようで、どれもこれも拝んで手を合わすものではない。人々のお気に入りの神仏はある。自分の生き様からそれぞれのご利益のある神仏を選び、拝んできたのだ。たとえば職業に関する守り神のようなものがある場合はその神を信心する。過去にたまたま何かの拍子にお願いしてその願いがかないそれから信心したというものもあるだろう。
そんな贔屓の神仏、あるいは近くの石仏、祠などにお参りした。平時のときは家内安全・無病息災など一般的なお願いだが、大きな災厄、病気のときは、特に念入りに、あるいは儀式ばって、ご祈祷料あるいはお賽銭も張り込んで気張ってお願いした。
しかし、俄かに病を得たときなどは本人はもちろん、家族も看病などで家を出ることが出来ず、神仏にお祈りすることも難しい。そうなると神仏のほうでやってきてくれたらありがたいわけで、何とか我が家に神仏を引き寄せご利益を賜ろうとする。家の中に神棚を作って祭るのが良いが、やま爺さんの住んでいる九尺二間の小さな家に神棚を作るのも難しい。まあ、大神宮様の神棚くらいがせいぜいである。
安易なのは神仏のお札を貼ることである。お札なら短冊形の紙片だから、柱などにペタペタといくつも貼れる。直接、寺社に出向いて拝むよりは幾分かご利益が薄いかもしれないが、な~~に、こころ、信心するこころが大事だ。という事で病魔退散関係のお札はたくさん貼ってある。
そんな信心をしたり、お札をたくさん張っていても病魔に憑りつかれる。いざ病気になったら、これは信心が足りないんじゃないかということになり、死なぬうちにもっと丁寧に祈願したくなる。そんな時に頼るのが『拝み屋』だ。拝み屋とは病人にかわって拝み、祈願してくれる人だ。最もありがたいのは大寺院や神社の僧侶や神官だろうが、我ら貧乏長屋に住む者がそんなけっこうな人に頼めるわけがない。気軽にそして安く我が家まで来てくれて拝んでくれる人が頼みになる。いろいろな拝み屋はいるがワイの長屋の御用達は二人、落ちぶれた巫女と市子である。
病気の時の拝み屋
まずは落ちぶれ巫女である。巫女さんならば正式な神社で神主さんの手伝いをするが、拝み屋の巫女は、神社で巫女をしていたこともあるが神社をやめた者、あるいは巫女のみでは生活できないため副業で拝み屋になったものである。霊感の強い巫女は仏教、神道、宗派に関わらず呼ばれて霊媒師のようなことをするものがいたから、流しの巫女はけっこうたくさんいたのである。
下は僧侶に頼まれて、何かの霊をこの巫女に乗り移らせ、悪霊を具体化し、祈祷している図である。半裸の巫女に霊が乗り移り、霊が正体を現しているところであろう。
我が長屋に来る巫女は潰れかけの貧乏神社の神楽殿に奉仕する巫女である。だからわずかの金で御祈祷してくれる。このような格好でやってきて病魔退散を拝んでくれる。
花嫁さんのような格好をしていますがこれが拝み屋さんの格好です。中には美人も多く、愛想も良いため流行っている拝み屋さんもいました。
もう一人は市子さんの拝み屋さんです。上図の人より年配が多かったです。ウチの長屋に来る人は婆さんでしたが、拝み歴も長く、けっこう重宝されていてよく呼ばれました。
市子(いちこ)は下の図で見てわかるように梓弓を持っていて弦をならし、神の名をとなえ降霊します。もちろん病魔退散御祈祷も売りの大きな項目です。
病気の時に長屋に呼び入れ室内で病人のそばで拝んでくれるのは我が長屋では上の二人でしたが、他にも拝み屋に類する人々がいます。しかしそれらの人は病気の時の拝み屋ではありません。門付(家の入口付近)や大道で勝手に宗教的パホーマンスを始め、小銭をもらうものでした。次はその人々を紹介しましょう。
勝手に拝んで銭をせびる拝み屋
有名寺院、神社にかわって願をかけてあげますと称したり、経や呪文をとなえたりして、人々から銭をもらいました。口の悪い我が長屋の人々は
「乞食と変わらない奴だ」
と言ったりしています。この時代の人々は『願人坊主』と言ったりしてますが今の人は乞食坊主と言った方がイメージしやすいでしょうか。
すたすた坊主
寒い時にやってきます。ほとんど裸に近い格好で・・・・こんなことを歌いながらひょうけて踊りながら路地を練り歩きます。
「すたすたや、すたすたすたすたすた坊主の来るときは、世の中よいと申します・・・」
あんまり馬鹿馬鹿しすぎて、笑いながらみんな幾ばくかの銭を喜捨します。
ほんとのところ、借金取りにで身ぐるみはがされてしかたなくこんな格好でお貰いしてるんじゃないかと思ってしまいます。
あと次に紹介するのも似たようなもので、お札を配ったり経や呪文を唱え、銭を貰ったものです。
御行
子どもが寄って行って「マカショ、マカショ」と囃すと、小さいお札をまき散らしながら去って行きます。家の門口で経を唱え、銭を貰ったりします。
御利生
「御利生、すてきな御利生」と叫んで銭を貰った。なお御利生とは仏教で男性の一物を意味するそうです。多分何かそれに関する御祈祷御利益があるんでしょうね。
お釈迦
御釈迦さんの誕生日の4月8日にこんな格好でやってきて「おしゃか、おしゃか」といって銭を貰いました。
住吉踊り
神社の風流踊りの一種
他にも神仏や御祈祷にかこつけて銭を儲ける商売はありますが、とりあえずうちらの長屋のあたりでよく見る人々を紹介しました。
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